Bouz Bar

MEID BAR


第一夜 ★ 姑獲鳥の女

私は目の前のドアを手前に引いた。やっと見つけた・・・そう思いながら。
「いらっしゃいませ、Bouz Barへようこそ」
「あぁ、やっと、やっとみつけた。話に聞いたとおりだわ」
「話に聞いたとおり?。どういうことでしょうか?・・・まあ、立ち話もなんですから、どうぞお入りください。外は雨ですし・・・」
私は中に入った。右手にL字型のカウンターだけのお店。狭い店内。カウンターの中には陰気くさいマスターが一人。話に聞いたとおりのお店だった。マスターはこう言うはず。
「どうぞ、お好きな席にお座りください」
やはり・・・と思いつつ、私はカウンターの真ん中に座った。マスターが立っている正面である。
「ご注文は、何になさいますか?」
「メニューは・・・・」
「そこに」
マスターが示したメニューはどこにでもあるドリンクの名が記された、ありきたりのメニューだった。
「いえ、これじゃなくて・・・・、私、ある人に教えられてきたんです。この店には裏メニューがあって」
「ある人に?、どんな話を伺ったのですか?」
そう、あれは2週間ほど前のことだった・・・・。

私は大きな失恋をして、ある店のカウンターで酔っていた。泣きながら・・・・。
「お嬢さん、何泣いてますのん」
その声のほう見ると、そこにはちょっと小太りの中年男性が座っていた。
「隣、あいてます?」
その男は、図々しくも私の隣に座った。
「男に振られよったんかいな」
「関係ないでしょ」
「そないな冷たいことを・・・。まあ、ええわ。そやけど、そんな泣いてるお人をほっとくわけにもいかへんしなぁ。どないしよか」
「放っておいてください。どうせ、あなたにはどうにもなりませんから」
「あぁ、そうでっか。・・・・どんなつらいことがあったか知らんけど、話をしたら楽になることもおまっせ」
「いいんです。私が知りたいことは・・・あなたには答えられないでしょうから」
「そんなもん、聞いてみなわからへんやないの」
男はしつこかった。
「じゃあ、聞きます。私の子供は・・・・なぜ、あの子は・・・・望んでいたのに・・・・生まれてこれなかった・・・。なぜ、どうして?。私は一体どうすればいいの?。答えてください!」
「あ、あぁ、そういうことでっか。そりゃ・・・・無理な話やな・・・・」
「ほら、やっぱり。あなたって最低ですね」
私はそう言って席を立とうとした。
「ちょっと待ちなはれ。せっかちやなぁ〜。僕は答えられへんけど、それに答えを出してくれる人は知ってまっせ」
その言葉に私は振り向いた。
「あのな、この町の裏通りあるやろ。その裏通りに小さな店があるんよ。名前は確か・・・・Bouz Bar・・・とかいうたかな。そこのマスターやったら答えてくれるよ、きっと」
「ほ、本当ですか?」
「あ、あぁ、たぶんな。いや、絶対答えてくれるよ」
「その店、どこにあるんですか」
「どこって、せやから裏通りの・・・・陰気くさい店やねん。説明しにくいところでな。ドアがあって、うっすらとそのドアに店の名前が書いてあるんよ。で、中に入ると右手にカウンターしかない店なんよ。カウンターの中には陰気くさいマスターが一人おんねん。葬式にでも行ったような顔したマスターや。でな、裏メニュー頼むんや。そしたら・・・」
「そしたら?」
「なんやしらん、不思議な飲み物が出てくるんよ。こう言うとったわ。『今のあなたの心を表した飲み物です』とな。で、そっからやねん。マスターが話をしてくれはるわ」
「場所を詳しく教えてください。電話番号とかも」
「そんなん知らんねん。僕も偶然入ったさかい。裏通りの・・・そや、真ん中辺や。目立たん黒っぽい汚いドアや。でも、そう言えばこうもいうとったな。『縁があれば見つけられます。あなたは縁があったんですよ』ってな」
「で、あなた悩みとか解決したの?」
「そらもう・・・もちろんや。やらなあかんことも教わった」
「探してみる」
「そうしなはれ」
そうして私はBouz Barを探し続けたのだ。

「あぁ、あの関西弁の男性ですか。お元気そうで、なによりです」
「だから、裏メニューというのを出してください」
マスターは無言で古い木札を一枚出してきた。
「な、なにこれ・・・」
「この木札のことは聞いてないんですね」
「えぇ、何も・・・」
「よろしい。彼は約束を守ったようだ」
「約束?」
「あなたにも約束を守っていただく。守れますね?」
マスターの目が鋭く光った・・・ように見えた。その気迫に押されて
「あ、はい、守ります」
と私は答えていた。どんな約束かも聞かずに。
「この木札・・・見たことがありませんか」
「そういわれれば・・・まるでお風呂屋さんの下駄箱のカギのような・・・」
「その通りです。これは京都のある潰れた銭湯の下駄箱の鍵札です。この鍵札にはある呪いがかかっています」
「呪い?」
「そう、この木札を握って10数えると、あなたの心を表した特製カクテルの名前が浮かんできます」
「ま、まさか・・・・」
「やってみなさい」
私は言われるままに木札を握って10数えた。すると・・・・。
「いや、なにこれ・・・・」
私は、思わず木札を放した。木札が震えだしたのだ。やがて木札には文字が浮かんできた。
「な、何て読むの?。・・・獲・・・鳥・・・?」
「あぁ、姑獲鳥・・・・・うぶめと読みます」
そういうとマスターはサッと後ろを向いてしまった。そして
「この木札のことは口外しないようにしてください。約束です。でないと、呪いがあなたに災いをもたらしますから」
「あ、さっきの約束って・・・」
「そうです。この木札のことを口外しない、という約束です」
「わ、わかりました」
私は不安になっていた。呪いとか災いとか・・・マスターは陰気くさいし。変なものを飲まされるのではないか、とんでもない店に入ったのではなかろうか・・・・そんな不安が頭をよぎった。
「大丈夫です。毒など入ってません。ちゃんとしたカクテルです」
そういって振り返ったマスターが差し出した飲み物は・・・不思議な色合いをしたものだった。
「きれい・・・だけどなんだか毒々しいし・・・ちょっと悲しい色ですね」
そのカクテルは、下のほうが赤く・・・・血の色のような赤さだった・・・・上のほうは柔らかな白色だった。
「優しそうな白・・・どうやってこんな柔らかな色が出せるのかしら・・・・。それなのに下のほうは真っ赤。まるで・・・血の色・・・・」
そこまで言って私は嫌なことを思い出した。そう、あの日、私の大事な・・・・。
「血の色ですよ、その赤は。あなたが流した血の色です」
そう言ったマスターの顔は・・・・死人のようだった。

「このカクテルは姑獲鳥(ウブメ)といいます。図らずも子を亡くしてしまった母親の怨念・無念を表したのがこのカクテルです。ですから、下のほうは血の色・・・流れた子供。上のほうの白は、子供をやさしく抱きたいという思いが羽毛となっている、それを表しているのです。ウブメは子供をやさしく抱きたいという思いから、妖怪の鳥になってしまった母親なんですよ。今の・・・・あなただ」
「あ、あぁぁぁぁ・・・・」
私は泣き崩れた。
「あの人は・・・初め嫌がっていたんです。子供ができたことを。でも私は産みたかった。そのうちに彼も喜んでくれるようになったんです。嬉しかった・・・。でも、あの日、彼は私とは結婚できないと言い出しました。親が反対していると・・・・。それで子供は堕してくれと・・・・。私は怒りました。ひどいじゃないか、約束が違うじゃないか、私も子供も守るって言ったじゃないか、何があっても反対されても結婚するんだって言ったじゃないかって・・・。そしたら彼は『事情が変わったんだ』と、それだけ言って私の前から去っていった。・・・・そのあとすぐのことだった。私が流産したのは・・・・。
血の海だった。そう、こんな色。あの時の血の色だわ・・・・。私の子供・・・・返して・・・返して・・・・」
「ウブメもそう言って、毎日泣いているんですよ。私の子供を返して、返して・・・・と」
私はマスターを見上げていった。
「すごいわ、このカクテル。ホント、今の私ね。あの木札って・・・いったいどんな呪いがかかっているのかしら。私の心をぴったり当てるなんて・・・・悲し過ぎるじゃないの!。なんで、どうして私ばかりがこんな目に、どうして私の子供があんなことに・・・・、教えてよ。あの男は言ってたわ。ここに来れば教えてもらえるって」
「いいでしょう、教えてあげますよ。でも、あなたにとってつらい言葉かも知れませんが、それでも聞きますか」
「もちろんよ。そのために私はここを探したのよ」
「では、教えてあげましょう」
マスターの眼が冷たく、悲しそうに光ったような気がした。
「あなたのお子さんは、この世に産まれてくるのが嫌だったのですよ」
「えっ?」
マスターの言葉に私は驚いた。

「嫌だったのですよ。そんな男の子供であることが。あなたを苦しめたくなかったのです。あなたの心を歪めるのが嫌だったんだ」
「ど、どういうこと。私は子供を産みたかったのよ。いい加減なことを言わないでよ」
「もし、あなたがお子さんを産んでいたとしましょう。想像してみてください。あなたは心からその子を可愛がることができますか?」
「もちろんよ。もちろん可愛がるわよ。当然でしょ。愛した人の子供なのよ」
「その愛した人は、あなたを裏切りましたが・・・・」
「あっ・・・でも、子供は別だわ」
「そう言いきれますか?。あなたはお子さんの顔を見るたびに、裏切った彼を思い出すことになりますよ。しかも、次第にお子さんの顔は彼に似てくる。また、たとえば彼の消息をその後聞いたとしたらどう思います?。心底、その子を可愛がることができますか?」
「・・・・・」
「自信がありませんね。よく想像してみてください・・・」
マスターはそういうと、私を悲しそうな眼で見たのだった。私はその眼に吸い込まれるような気がして・・・。

私は想像してみた。
彼が裏切った・・・・私は一人で子供を産んだ。産むなと言われていたのに逆らってまで。逆らった以上、話し合いは決裂。言い争いに疲れてしまうだろう・・・私の性格からすれば、「慰謝料なんていいわよ!」って叫ぶだろうな。子供が産めるなら何にも要らない!ってね。
でも子供の顔を見れば安らぐはずよ。そうよ、子供は天使よ。・・・・あぁ・・・ダメだわ。この子はあの男の血を引き継いでいるのよ。もし、この子が男の子で、あんな人間になったなら・・・・。あんな男に似てきたらどうしよう・・・。
私を捨てた男。私を裏切って違う女と一緒になった男。今は幸せな家庭を築いている男・・・・許せない。許せないわ、そんなの許せない。復讐してやる。幸せな家庭なんか壊してやる。私はそういう女よ。私を裏切った代償は大きいわ。・・・・許せない、何もかも許せない。同じような顔をした子供があっちの家庭にもいるのよ。あっちの家庭はニセモノよ。ホンモノはこっち。ねぇ、あなた、そうでしょ。何か言ってよ。あんなに愛し合ったじゃないの。あなたが求めていた本当の家庭はこっちよ。ほら、あなたの子よ・・・、見てよ、可愛がってよ・・・・ほら、ほら・・・・。
『そんな子供は知らない。お前、誰だ』
あぁぁぁぁ〜、許せない!、お前もあの女も、結婚を壊したお前の母親も、そっちの家庭の人間、全部が許せない!。壊してやる・・・・そうか、まず手始めにあの男の血を引き継いだ・・・・あぁ、ダメ、ダメ、そんなこと・・・・。
いつの間にか私は大声を出して泣いていた。

「そ、そうかもしれない。でも・・・・あぁ、そんなの嫌だ。でも・・・・」
「どうです、素直に可愛がることは・・・・」
「できない・・・かも知れません」
「それを見越していたんですよ、あなたのお子さんは。子供は敏感ですからね」
「そ、そんな・・・あり得ないわ」
「彼があなたのもとを去った時、あなたは思ったはずです」
「な、何を・・・・」
「あなたは知っていますよね。あのとき思ったことを」
「あのとき・・・あのとき、私は今考えたようなことを・・・・考えたとでも・・・・?」
「瞬時に」
「考えたのかしら・・・・考えた・・・・うそ、そんな・・・・あぁ、そうだ、思い出したわ!」
「封印が取れたようですね」
「あぁ、嫌だ!、私、あのとき・・・・」
「言ってしまったほうが楽になりますよ」
それは、悪魔のささやき・・・のようだった。

涙が止まらなかった。私はなんて醜い女・・・・。
「私・・・・確かに彼を怨んで・・・すべてを壊してやるって・・・・。あぁ、私が悪いんだ。全部、私が悪かったんだ」
「彼が去ったことも・・・・あなたに原因があるのですね」
「えぇ、こんな女ですもの・・・・嫌になりすよね」
私は無理に笑顔を作った。
「私、重い女なんですよ、きっと。彼にとっては、重すぎたんです。ふっ、バカみたい」
もう化粧もボロボロだった。
「醜い私。何もかも汚れている・・・・。そもそも、結婚だって私から求めたんです。でも、彼は煮え切らなかった。親が反対するからって。でも、彼は私を求めた。だから、私は・・・妊娠を・・・。そうすれば結婚できると思ったのよ。浅墓だった・・・。でもね、彼も一度は『親に対抗する』って言ってくれたのよ。それなのに・・・・。簡単に裏切ってくれるんだもん。もう怨むしかないわよね。
私、昔からそうなんです。子供の頃から・・・・。欲しいと決めたものは何がなんでも欲しいんです。どんな手を使ってでも手に入れたい、と思っちゃうんです。そうやって今までは何でも手に入れてきたんです。逃げられたのは初めてだわ。
そうやって、無理やり手に入れたものでも、いらなくなることってあるんですよね。いらなくなってしまって、ずいぶん捨てたわ・・・・。ふっ、今までのバチがあたったのね」
「バチ・・・ではないでしょう。手に入ったのは・・・無理やりでもなんでも・・・縁があったからでしょう。縁がなかったら、無理強いしても手には入りません」
「縁?」
「そう、縁です。あなたのもとに来る縁、来ない縁。一度来ても離れる縁。あるいは留まる縁。人と人のつながり、人とモノのつながりも、縁があるかないかに関わってくるんですよ。今回は縁がなかったんです」
「彼とは縁がなかった・・・ってこと?」
「そう、縁がなかったんですよ、初めからね。それを無理に引きとめていた。ただそれだけです。その引きとめた綱が切れただけ、それだけなんですよ」
「切れただけ・・・。縁はなかった、初めから・・・・」
「よく振り返ってみなさい。欲しいものは何でも手にれてきた、とおっしゃいましたが、そうでしょうか。手に入らなかったものもあるでしょう。あきらめたものもね」
「そうかしら・・・・あぁ、そうだわ。確かにあきらめたものもある。その代りのものを手に入れたけど・・・・。あぁ、そっかそれって代用品か・・・・」
「そう代用品。ということは、縁のなかったものもある、ということです」
「そういうことか・・・。でも、彼は私を愛してくれたわ」
「あなたを・・・じゃなく、あなたの身体を・・・・じゃないですか」
また一筋涙がこぼれた。

「ひどいことをはっきり言うんですね。でも、初めからわかっていました。そうよ、彼は私の身体がよかっただけなのよ。わかっていたの、そんなことはわかっていたのよ・・・・。でも・・・」
「認めたくなかった」
「認めるのが怖かった。身体だけでもいい。それでも彼と一緒にいたかった・・・。いつか、心も求めてくれると期待していたのよ。・・・・でも、そんなの無理よね。壊れるに決まっているわよね」
「そんな関係のところに産まれたいですか?」
そうだ、そこだったんだ、問題は・・・・。
「私なら・・・・いや・・・かな。ううん、絶対、嫌だわ」
「あなたの血を半分受け継いでいますからね」
「そっか・・・・。じゃあ、そう考えても仕方がないか。私の子供は、自分の意志でこの世に産まれることを拒否したんですね」
「賢明なお子さんです。稀に見る・・・ね」
「それってすごいかも。超能力者だったかも・・・・。でも、産まれてこなきゃ意味ないわ」
「産めばいいじゃないですか。まだチャンスはあるでしょ」
「どういうこと?」
「あなたのお子さんは、産まれることを拒否しただけです。次があれば、産まれてくるでしょう」
「次・・・・あるかしら?」
「産んでいい環境が整えば、帰って来ますよ。意志の強いお子さんのようですから。環境が整えば、生まれ変わってくるでしょう。ですから、まずは環境を整えることです」
「そんなチャンス、まだ私に残ってるかしら」
「あるでしょ。枯れた婆さんじゃないんですから」
「本当にそう思いますか?」
「大丈夫ですよ。チャンスはあります。まだまだこれからです。ただし・・・」
「ただし?」
「あなたの性格、少し直したほうがいいようですね」
「あぁ、痛いところ突かれたわ」
「ま、今回のことで、何が悪いかよくわかったとは思いますが」
「えぇ、わかりました。私、わがままなんです。もっと、相手の気持ちを考えないといけませんよね」
「人を好きになってしまうと、そのことを忘れますから、よく気をつけてください。いつも、相手の気持ちを考えることを忘れないようにね。異性・同性に限らず・・・」
「あぁ、私ってついついのめり込んでしまうから・・・」
「こうと思ったらとことん・・・でしょ」
「うん、そうなんです。目の前しか見えなくなるんです」
「そういうとき、ブレーキが必要ですね」
「どうすればいいのかしら」
「自分で注意するしかありません。それと、そういうときは、友人が注意してくれるはずですが」
「あぁ・・・、確かにね。注意してくれるわ。でも・・・・」
「聞きませんからね、あなたは」
「あははは、そうなんです。あ、なんか、久しびりだわ、笑ったの」
「笑顔になれば、素敵な女性じゃないですか。まだまだ十分いけますよ」
「またまたうまいことを言って・・・・。本当にそう思います?」
「本当にそう思いますよ。もったいないですよ。つまらないことはサッサと忘れ、前向きに生きましょう」
「うん、そうします。うん、なんだかできそう・・・。あ、そうだ。もう一つ教えてほしいですけど」
「なんでしょうか」
「わかるかなぁ・・・。亡くした子供ってどうすればいいんですか」
「供養したほうがいいですよ。水子供養ですね」
「それって、迷信じゃないんですか」
「祟るとかいうのは迷信です。そうじゃなく、生きていた人間が亡くなると葬式をするように、一度宿った命ですから葬式の代わりになるような供養をしてあげるのが当たり前、と思いますが」
「あぁ、そう言う意味ですか・・・・。それなら納得できます。そうですよね、一度は宿った命ですもんね」
「そう、祟りがあるから水子供養するんじゃありません。亡くなった命を弔うために供養するんです」
「わかりました。じゃあ、そうします。あぁ、なんだか、すっきりしました」
「そうですか・・・・もうほかに聞きたいことは?」
「大丈夫です。なぜ子供が生まれなかったか・・・、なぜこんな目にあったか・・・、彼が去った理由・・・、これからどうすればいいか・・・全部わかりました。ここを見つけてよかった」
「そう言っていただけると光栄です」
「この不思議なカクテルも美味しかったし・・・。ちょっと不気味だったけど・・・。あの・・・・」
「なんでしょう」
「この店のこと、他の人に教えていいですか」
「といいますと?」
「友達でも悩んでいる子がいるんですよ。だから、ここに行きなさいって」
「そう言う方がお一人で来るなら結構ですよ。あなたが連れてくるのは勘弁してください」
「はい、わかりました。それと、約束ですよね」
「はい、そうです。それを守ってください」
「それと・・・また来てもいいですか?。悩みがなくても」
「はい、構いませんよ。一度、この店を見つけた方は、また来ることができます。もし、もうこの店を見つけることができない場合は・・・」
「縁がなかった・・・と思えばいいんですよね」
「そうです」
「ありがとうございました。また来ます。そのときは・・・違う話を聞きたいです」
「わかりました。では、そのときをお待ちしています」
マスターの顔は、もう陰気くさくなかった。

その後、私はまだあのBarへは行ってない。なんだか忙しくて行けないのだ。友人からは、
「変ったね。明るくなったわよ。それに・・・強引じゃなくなった」
と言われるようになった。
「どうしたの?。何かいいことあったの?」
とも。そういうときはこう答えている。
「素敵なBarがあって、そこで悩みを聞いてもらったのよ。もし、悩んでいることがあったら教えてあげるわよ」
するとたいていの友人はこういう。
「へぇ〜、そんな素敵なBarなら、今日行きましょうよ。案内してよ」
「だめなのよ。一般の客は入れないの。悩みを持っている人で、縁がある人じゃないと、見つけられないの」
「ふ〜ん、へんな店ね。なんて言う名前?」
「あのね、Bouz Barっていうのよ」
そう、秘密のBar、「Bouz Bar」。また、悩み事ができたら絶対に行く。こじれる前に・・・・。




第二夜 ★ 狂骨姫

たぶんこの扉が教えられたBarに違いない。よく見ると、ドアにうっすらと「Bouz Bar」と書いてある。私は、思いきってそのドアを引いてみた。
「いらっしゃいませ。Bouz Barへようこそ」
その声は、冷たく暗く響いた。やはり来る場所を間違ったのかも知れない・・・と思ったが、もう遅かった。身体はドアの中に入ってしまっていたのだ。
「どうぞ、お好きな席にお座りください」
右手にL字のカウンターだけの店。左手は広めの通路。奥には見慣れない大型のゲーム機のようなものが置いてあるだけの店だった。
こんなお店で本当に・・・・?
そう思ったが、ここまで来て帰るわけにもいかない。何もかも彼女から聞いたとおりの店のようだったから・・・。

あれは、半月ほど前だっただろうか。私は、いつものように残業が終わり、ロッカールームで着替えをしていたところだった。そこに先輩が私に声をかけてきた。
「最近、元気がないみたいだけど、何かあったの?」
「あっ、いいえ、特に何も・・・・」
「そう?・・・あなたの様子がこのごろおかしいってみんな言っているわよ。元気がないとか、顔色が悪いとか・・・。体調でも悪いの?」
「えっ、いいえ、そんなんじゃないんです。本当に大丈夫ですから」
「そう・・・かなぁ・・・。まあ、いいわ。もし、何か悩んでいるのだったら、私に聞いてちょうだい。いい相談場所を知っているから」
「相談場所・・・ですか?」
「怪しいところじゃないのよ。Barなのよ。それも変な所じゃなくて・・・。もちろん、ぼったくりじゃないわよ」
「Barですか?」
「うん、そう。う〜ん、そうねぇ・・・あ、あたし、ここ一月ほどで変わったと思わない?」
「あっ、そういえば・・・。前よりも明るくなったかなっと・・・あ、ごめんなさい」
「いいのよ、いいのよ。それに丸くなった・・・でしょ」
私は思わずうなずいてしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いいの、よくわかっていることだから。これもね、そのBarで悩みを聞いてもらって、で、ちょっと不思議な体験をして、それでなんだか吹っ切れちゃったっていうか、自分のことがよくわかったっていうか・・・、で、こうなったのよ。何が言いたいんだか、よくわかんないわよね」
と、その先輩はにこやかに笑った。確かに以前はそんな笑顔は誰にも見せなかったし、いつも不満そうな顔をしていたことを誰もが知っていた。
「もし、悩みがあるなら、そのBarに行くといいわよ」
「あの・・・連れて行ってはもらえないんですか」
「あ〜、それはダメなのよ。悩みのある人は、一人で行かないとダメなの。場所だけ教えるから。といっても、縁のない人には見つからないっていう、不思議なBarだから、もし見つからなかったらゴメンネ。えっと、場所はね・・・・」
そんないい加減なBarに行って、本当に悩みなど解決するものだろうか、とその時は思った。だから、私はすぐにはそのBarを探す気にはなれず、しばらく放置しておいたのだ。
しかし・・・・。答えを出さねばならない時が近付いていた。でも答えは出てこない。悩みはますます深くなった。この苦しみを解決してもらえなくてもいい、聞いてもらえるだけでもいい。そう思って、私は先輩に教えてもらったBarを探すことにしたのだ。
それが今日・・・・。縁がある人にしかわからないBarは、すんなり見つかってしまった。先輩は何日か探した、とか言っていたけど。これは、どういうことなのだろうか・・・。

先輩から聞いたとおり、そのBarは陰気くさく、カウンターの中に立っているマスター(バーテンだろうか)は顔色が悪く、まるで死人のように見えた。そう今の私と同じ。たぶん同じ、まるで死人のようだった。
私は、カウンターの真ん中あたりの席に座った。マスターの正面から一つドア寄りにずれた席だった。奥へ入るのは、なんとなく躊躇われた。
「ご注文は、何になさいますか」
「あの・・・裏メニューを・・・」
「裏メニューですか?」
「はい、私、ある女性からこの店のことを聞いてきました。その方は、裏メニューを頼みなさいと教えてくれました」
「・・・そうですか。わかりました。少々お待ち下さい」
マスターはそういうと、カウンターの下から古い木札を一枚出し、私の目の前に置いた。
「な、なんでしょう、これ・・・」
「この木札のことは、何も聞いていませんか?」
「はい、何も聞いてませんが」
「よろしい。彼女は約束を守ってくれました」
「約束ですか」
「そう、約束です。あなたも、その約束が守れますか」
マスターは、私に顔を近づけてそういった。まるで悪魔のような形相だった。
「あ、あ、あの・・・はい、守ります。守りますから・・・」
「なにも怖がることはありません。約束を守っていただければ、何も怖いことはありませんので・・・」
「あの・・・その約束って・・・」
「守ると言った以上、守っていただきます。約束の内容については、後ほどお教えいたします。大丈夫です。命にかかわるようなことではありません。が、もし、約束を破れば、その保証はありませんが・・・」
マスターは、不気味にほほ笑んだ。本当に大丈夫なのか、私の心臓は口から飛び出しそうな勢いになっていた。来るんじゃなかった。来るんじゃなかった。来るんじゃなかった・・・。私は後悔でいっぱいいっぱいになっていた。
「さて、この木札、見たことはありませんか?」
私は答えるのが怖かった。いや、恐怖で口がこわばってしまい、声を出すことすらできなかったのだ。
「ふむ。いけません。何も怖がることはありませんから。ご安心ください・・・・、まあいいでしょう。この木札は、京都のある潰れた銭湯の下駄箱の鍵札です。そう言われると納得できるでしょう?」
私はこわばる顔でうなずいていた。心では、すぐさま席を立って帰りたかったのに、身体は金縛りにあったように、動くことができなかった。
「リラックスしてください。怖くはありませんから・・・この木札、実はある呪いがかかっています」
私の恐怖は最高潮に達した。
「い、いや、や、やめてください。も、もう結構です。私帰ります。ごめんなさい。許して下さい」
「怖がることはない、と先ほどから言っています。呪いといっても、約束さえ守っていただければ、何の被害もありません」
私の懇願を全く無視をして、死神のようなマスターは、青白い顔を私に近づけそういうのだった。
「さぁ、落ち着いて座ってください。ちょっと深呼吸をしましょうか」
少し落ち着いた私は、言われるままに深呼吸をしていた。気持は帰りたい一心なのに、なぜか身体は言うことを聞かなかった。マスターの言うように動いているのだ。
「落ち着きましたか。さて、この木札を握って10数えてください。そうすれば、あなたの今の心境を表したカクテルの名前が出てきます。それが当店の裏メニューです。それを望んだのは・・・あなたです」
私はその木札に触ることすら嫌だったのだが、マスターにそう言われ、仕方がなく呪いの木札を握っていた。そして、いつの間にか数を数えていたのだ。私が10を数え終わると・・・・。
「いや、なにこれ!」
私は木札を放り出していた。その木札が震えだしたのだ。カウンターの上に放り出され、震えていた木札は、やがて静かになったかと思うと、何か文字が浮かんできたのだった。
「狂う・・・骨・・・、ほう、狂骨(きょうこつ)ですね。かしこまりました」
そういうと、マスターは後ろを向き、
「この木札のことは誰にも口外しないでください。これは約束です。この約束を破ると、あなたに危害が及びます」
「あっ、では、先ほどの約束って・・・」
「そうです、この木札のことです。裏メニューがある、まではお話されても構いませんがその裏メニューが、この呪いの木札であることは口外しないでいただきたい。約束です。守ってもらいます」
「わ、わかりました。決して口外しません」
そんなことを話したら、私がおかしいと思われてしまう。言われなくても絶対口にはしない、と私は思った。その時、私の頭を不安がよぎった。そんな呪いの木札が示した変な名前の飲み物を飲んでも大丈夫なのだろうか・・・。何も飲まなければいいのだが、私は恐怖のため喉がからからだったのだ。
「そ、その、その飲み物は・・・」
「大丈夫です。毒も薬も入っていません。ただのカクテルです。名前が少々変わっているだけです」
そう言いながら振り返ったマスターの手には、真っ白な飲み物が握られていた。
「このカクテルの名は、狂骨(きょうこつ)・・・狂うに骨と書きます。さぁ、お試しください」
狂う骨・・・まさに今の私だった。私はその名前に驚きつつも、なんとなく気に入り、一口飲んでみた。
「えっ?、牛乳?」
「牛乳をベースにカルシウム類を入れ、アルコールを少々加えてあります。それ以上は、企業秘密です」
「あ、何かカリカリしたものも入っていますが・・・」
「それは骨ですよ。今のあなたと同じでしょ。骨を食べたかがっている」
その言葉にハッとして私はマスターの顔を見た。
「い、いやっ〜!」
マスターの顔は・・・・ほほ笑んだ悪魔のように見えた。

「わ、私は骨を食べたがっているわけじゃありません。骨を・・・そんな食べるだなんて」
私の頬を涙がつたっていた。
「ほう、食べたいのではないのですか。では、どうしたいのですか?」
「どうしたいって・・・・それがわかれば苦労しません」
「でも、あなたは骨にこだわっている・・・・その骨は一体誰の骨なんでしょうか」
一瞬答えるのをためらったが、一言
「母のです」
とだけ答えた。それで私の我慢は限界を超えた。涙が溢れるように流れ出したのだ。私は泣き崩れた。
「その骨は、母のです・・・・母のです。母のです。母のです・・・・・母の、母の・・・おかあさん・・・・」
「いつ亡くなられたのですか」
悪魔は耳元でささやいた。その声は妙に優しかった。
「もうすぐ一年になります」
「一年前・・・。ではそろそろ一周忌がやってくると・・・・」
「そうです。お寺からも通知がありました。来月の第一日曜日です。そのときに・・・」
「納骨をしなさいと?」
「・・・・はい・・・。母の・・・母の骨をお墓に納めるのだと・・・・」
「それがあなたは嫌なんですね」
「だって、当たり前でしょ!。なんであんな暗い所に母を押しこめきゃいけないんですか?。あんな、外の、家族もいない、墓ばかりの寂しいところ、あんな暗い所に、なんで母を押しこめなきゃいけないんですか。そ、そんなの、そんなの余りにも母がかわいそう・・・・」
「かわいそう・・・ですか・・・・。骨はそんなことを思いますか」
何を聞かれたのかわからなかった。
「おっしゃってる意味がよくわかりません」
「ですから、あなたの持っている骨は、暗い所に入れられたくない、と思っているのでしょうか、と尋ねているのです」
「そんなこと・・・・、当たり前じゃないですか。母だって私たち家族と一緒にいたいに決まってます」
「いけません、私の質問に答えていませんよ。私が聞いたのは、あなたの持っている骨があなたと一緒にいたいと言っているのですか、ということです」
「えっ、どういう意味?、そ、そんな骨がしゃべるわけないじゃないですか」
「でも、あなたは骨を手放したくないのでしょ。骨が墓に入りたくない、と思っているのでしょう」
私は混乱した。いや、骨は・・・・違う違う、母が墓に入りたがっていないのだ。そうだ、母が入りたがっていないのだ。じゃあ、骨は・・・・。あぁ、そうか、骨は母だ。母の骨なのだ。ならば、骨だって、きっと墓に入りたくないに違いない。そうか、この人はそのことを聞いたのか・・・・。ならば
「骨だって、墓に入りたくないに決まっています」
「骨がそう言っているのですか」
「いいえ、そんなこと言ってません」
「では、なぜわかるのですか」
「母の骨だからです」
「ほう、おかしなことをおっしゃる・・・」
「おかしなこと?、私はおかしなことなど言ってません」
「骨は何も言わないのに、なぜ骨の気持ちがわかるのでしょうか」
「母の気持ちがわかるからです」
「これはこれは・・・。では、質問を変えましょう。それは本当にお母様の骨ですか」
「も、もちろんです。何が言いたいのですか!」
私は腹が立った。母を侮辱されたような気分だったのだ。

マスターは、ちょっと身を引くと、ニヤッと笑って言った。
「今、骨を持ってますね。お母様の骨を」
な、なぜわかったのだろうか。確かに私は母の骨を今持っている。小さな袋に入れて、いつも首から下げているのだ。あぁ、首にかけている紐が見えたのだろうか・・・・。そうに違いない。
「不思議なことはありません。あなたみたいな方は、皆さん骨を持ちたがります。形見だと言って。そして、たいていは袋に入れて首から下げている。お母様と一緒にいるのだ、という思いですね」
「そ、そうですけど・・・。それがなにか?。いけませんか、母の骨を持っていて」
「いや、いけないなんてことは言ってません。でも、それって本当にお母様の骨ですか」
「あ、当たり前じゃないですか。火葬場から頂いてきた骨の中から取り出したものです。他の骨のわけがないでしょ」
「あなたは骨の気持ちがわかる、とおっしゃいましたね」
突然何をいいだしたのだろうか。確かに私は骨の気持ちがわかる、といった。母の骨だからわかるのだ、と・・・。
「そ、それが何か?。母の骨だから、その骨の気持ちはわかります。当然です」
「本当に?。本当にわかりますか」
「わかります。しつこいですね」
「では、見分けはつきますか」
「えっ、どういうことですか」
「お母様の気持ちがわかるのだから、骨の見分けもつくのかな、と思いましてね」
「母の骨は、母の骨です。母以外、なにものでもありません」
「質問に答えてください。お母様の骨だと見分けがつきますか」
私は見分けがつくと思っていた。いや、自信があった。私が母の骨を間違えるわけがない。いつだって母と一緒にいるのだから・・・。
「見分けがつきます。当然です」
「そうですか。・・・その骨、ちょっと見せていただけませんか」
「なぜ見せなきゃいけないんですか」
「いや、本当に骨なのかな、と思いまして」
「ど、どういうことですか」
「よく言うじゃないですか。骨って融けて水になってしまうって。ご存じありません。あるいは、自然に風化してしまい、砂状になってしまうって。知りませんか。ひょっとしたら、あなたのお母様の骨も水や砂になってませんか」
「そ、そんなことはありません」
と言いつつも、私は心配になり、首から下げている袋を出し、手で触ってみた。
「あぁ、大丈夫。ほら、コリコリしている・・・・。母の骨は大丈夫だわ」
「すり減っているかもしれませんよ。欠けているとか、ヒビが入っているとか・・・・。骨はもろいですからねぇ」
また、心配になってきた。そうだ、確かに母の骨はもろかった。欠けたりしているかもしれない。一番固いところを持ってきたつもりだったが・・・。欠けていたりしたらどうしよう。母に申し訳ない。私は袋から骨を取り出した。
「だ、大丈夫だわ。欠けていない。すり減ってもいないし、ヒビも入っていない」
私は安心した。母の骨は、袋に入れたときのまま、欠けてなどいなかった。そのときであった。
「あっ、何するんですか!」
「あぁ、申し訳ないです。手元が狂ってしまった。あぁ〜あ、カウンターの上が骨だらけになってしまいましたね」
なんと、マスターは私の母の骨の上に、骨らしきものをばらまいたのだ。マスターの手元には、ひっくり返った骨壷が転がっていた。
「すみません。あぁ、でもご安心ください。今、ここにひっくり返してしまったものは、単なる人骨ですから。骨壷を預かっていることをすっかり忘れていましてね。今の話で思い出したのですが・・・。あぁ、手元が狂ってしまい、あなたのお母様の骨の上にこぼしてしまった。あぁあ、これは大変だ」
「どうして!、何てことをしてくれたんですか!。こ、これじゃじゃ、母の骨が・・・・」
「わかるんですよね」
「えっ?」
「先ほど、お母様の骨なら区別が付くとおっしゃったじゃないですか」
確かにそう言った。自信もあった。母の骨なのだから、当然わかると・・・・。でもそれは・・・。
「さあ、お母様の骨だけ拾ってくださいませんか?。あとは、私が預かっている骨ですから、もとの骨壷に返しておきたいんです。怨まれても嫌ですからねぇ」
マスターは、そういうとニヤニヤと笑っていた。この状況を楽しんでいるかのようだった。
「わざとですね」
「はい?、なにが?」
「わざとその骨を撒いたのでしょ?」
「いいえ、手元が滑ったのですよ」
「ひどい人ですね。こんなところ来るんじゃないかった」
「申し訳ないですね。でも、帰るわけいにはいきませんよね。お母様の骨を残しては・・・・」
そうなのだ。文句を言っている場合ではない。ともかく母の骨を探さなければ・・・・。しかし、骨はどれも同じだった。これじゃあ・・・・。
「見つかりっこありません・・・か?」
「嫌な人ですね。何もかも見透かして」
「そんなことはありません。あなたがわかりやすい人、ただそれだけなのですよ。さぁ、骨を探して下さい。夜は長いですからね。心の中でお母様に呼びかけてみたらどうですか。ひょっとしたら、返事をしてくれるかもしれません」
それもそうだと思い、心の中で母に呼びかけてみた。でも・・・・。返事なんてあるわけがない。それは自分が一番よく知っていることだ。
私はしばらくは骨を探していたが、
「もういいです。家に帰れば別の骨がありますから」
「そんなに簡単にあきらめていいんですか。大事な骨なんでしょ。困らないんですか」
「じゃあ、どうすればいいんですか!。こうなったのは、あなたのせいでしょ。なんとかしてくださいよ」
「お母様の骨が見分けられるのではなかったのですか」
「見分けられません。ゴメンナサイ!。あれは間違いでした」
「骨の気持ちがわかる、とも・・・」
「わかりません。私には何もわかりません。どうしていいのかも、これからどうやって生きていけばいいのかも・・・。わからないんですよ・・・・」
私はカウンターにぶちまけられた骨の中に伏せって泣いたのだった・・・・。

「白骨ニ我イズクンカ在ル  ショウオニ人本ヨリ無シ」
「何を言っているんですか」
私は、骨や灰で汚れた顔をあげた。
「白骨に我はありません。腐った死体に人なんて、元からいません。弘法大師の言葉です」
「だから、何だっていうんですか」
「お母様も亡くなられたのですよ。その骨はお母様の骨かもしれないけれど、もはやお母様ではないのです。そんなものは単なる物質です。そんなところにお母様はいません」
わかっている。わかっているのだ。それくらい私だってわかっている・・・・。だけど・・・・。
「あなたは寂しいだけなのでしょ。お母様がいないから寂しいだけなのでしょう。だから、骨が手放せない」
「そ、その通りです。その通りですよ。わかっているの。そんなことは・・・・前から気付いていたわよ。そんなこと、言われなくてもわかってます。あなたに指摘されなくても!。寂しいから骨が手放せなかっただけです。毎日、母の骨に語りかけていました。なのに、なんでそれを取り上げるの?。いいじゃない・・・・。母の骨は、私のものなのよ。いいじゃない、語りかけても。私から楽しみを奪わないでよ!」
「それであなたのお母様は喜んでいるのでしょうか?」
「えっ、どういうこと・・・・。私のお母さんが?喜んでいるかって?。当たり前でしょう。娘がこんなに思っているんですよ。喜ばないわけがないじゃないですか」
「こんなに惨めな姿なのに?」
そういうと、マスターは私に鏡を向けたのだった。
「あなたのお母様は、こんな姿のあなたを見たいのですか?。よく想像してみてください。お母様の気持ちになって、よく考えてみなさい。優しかったお母様は、あなたに何を望んだのですか」
私の母は、いったい私に何を望んだのだろうか・・・。

『そんなこともわからなくなったのかい、あんたは・・・。はぁ、手がかかるねぇ』
「お、お母さん?、お母さんなの?」
『あんたがいつまでもそんな子供じゃあ・・・・死んでも死にきれない・・・。お母さんは悲しいよ』
「どこ、どこにいるの・・・お母さん、どこにいるの」
『あんたのそばにいるよ。いつもね。でもねぇ、困っているんだよ』
「そばにいるの、本当に?」
『あぁ、本当だよ・・・。でも困っているの・・・』
「困っているって・・・。どういうこと?」
『あんたのそんなやつれた姿なんて見たくないんだよ。私が死んだせいで・・・・あんたはこんなにもやつれている。私が悪かったんだ・・・。私の骨なんかをいつまでも抱えているなんて・・・。どうすればいいのかしら、困ったわ・・・。生き返ることもできないし・・・。どうしたらいいんだろうねぇ』
「ダメなの?。私がお母さんのことを思っていたらダメなの?。お母さんの骨を持っていてはいけないの?。ねぇ、迷惑なの?」
『迷惑・・・じゃないけど・・・。骨に私はいないんだよ。骨は骨なのよ。それは早く納めて欲しいのよ。私はあんたのそばにいる、そのことをわかって欲しいの・・・。それなのに伝わらない、少しも伝わらない・・・・。あぁ、あんたの悲しい顔なんて見たくない。あんたには、私より幸せな結婚をしてもらいたいと思っているのに・・・。子供も産んで、明るく楽しい家庭を築いて欲しい・・・。なのに、あんたは泣いてばかり・・・。私の骨にすがるばかり。なんでこうなってしまったんだろうねぇ・・・。こんなことなら、骨なんて残すんじゃなかった・・・・。幸せになって欲しいのに。毎日、笑って過ごして欲しいのに・・・・。死ぬんじゃなかった。私が死んだせいだ。あぁ・・・なんて悲しんだろうねぇ・・・・』
「泣かないでよ、お母さん。ね、お願いだから・・・・」
『だって、お前・・・。お前の暗い毎日が私のせいなら、そりゃ悲しいわよ。死ぬんじゃなかった。私が死んだせいで、お前が不幸になっているなんて・・・あぁぁぁぁ・・・・』
「違う、違う、違う・・・。お母さんのせいじゃない。私が悪いのよ。私が子供過ぎるのよ。いつまでもお母さんに甘えてばかりで・・・・。お母さんが一緒にいてくれれば、お母さんも喜んでくれると思ってた、そんな私がバカだったのよ」
『私は、あんたが幸せになってくれることが、一番の喜びなんだよ。この目で孫は見られなかったけど、この手で抱けなかったけど、こっちの世界から見守ることはできるんだよ。だから、早く立ち直って、幸せになっておくれ。あんたが喜んでいる顔を見るのが、私の一番の喜びなのだから。私の骨なんか、さっさとお墓に入れておくれよ・・・』
「ご、ごめんなさい。私が間違っていたの・・・・。ごめなんさい、ごめんさない、ごめんなさい・・・。いつもお母さんにつらい思いをさせてばかりで・・・。これからは、お母さんが喜ぶことをするわ。私、幸せになる。結婚して、子供も産む。いい家庭を作る。それがお母さんの望んでいたことだから。そうでしょ、お母さん」
『あぁ、そうだよ、そうして欲しい。それが私が望んでいたことなのだからね・・・・』
「お母さん、私、頑張る。だから、見守っていてね・・・。お母さん?、お母さん。お母さん・・・・」

「お母さん!」
「どうなさいましたか、急に立ち上がって・・・」
眼の前にはマスターの陰気くさい顔があった・・・・。
「どうやらお気付きになったようですね。あなたが進むべき道に」
そう、私は気が付いた。私が今後どう生きるべきか、ということを。母が何を望んでいたか、ということを・・・。
「はい・・・。わかりました・・・。母の望みがわかりました。私、勘違いをしていました」
それだけ言って、私はゆっくりと座ったのだった。
「あなたのお母様は、あなたに何を望んでいたのですか?」
「母は、私に幸せな結婚をして欲しいと・・・。そして、子供を産んで、明るい家庭を築いて欲しいと・・・」
「あなたはどうするのですか?」
「もちろん母の望みがかなうようにしたいです」
「それにはどうすればいいのですか?」
「あっ・・・。そうですね。私、どうすればいいのかしら・・・・」
私は、考えてみた。母の望みをかなえるためには、まず何をすべきなのかを・・・。
「きっと・・・、母の骨をお墓に納めること、ですよね・・・・」
「その通りです。お母様の骨を納めるべきところへ納めることから始まるのですよ。それが、あなたがお母様から独立することになるのです」
「あぁ、そうですよね。いつまでも母に甘えていてはいけないんですよね。大人にならないといけないんですよね・・・・」
「そういうことですね。親離れしてください。そして、今後はあなたが親になるように、生きていくのですよ」
「私が親になる番ですか・・・。そうですよね。それが母の望みなんですから・・・。わかりました。今度の母の一周忌には、母の骨は納めます。それで母は寂しくないんですよね」
「あなたは、見たのでしょう?、聞いたのでしょう?。直接、お母様の望みをその耳で聞いたのでしょう?」
そうだ、母は言っていた。早く納めて欲しいと。骨に執着していたのは私自身だったのだ。母はそんなことは望んでいなかった。私だけが、いつまでも母を追いかけていたのだ。母の気持など知らずに、母の骨だけに縋っていたのだ・・・・。
私は愚かものだった。
「はい、母の骨は納めます。骨に母はいませんでした。母は、いつも私のそばにいます。そして、私が幸せになることを望んでいるのです。そのことがよくわかりました」
「では、この散らばった骨は、もういりませんね」
「いるも何も・・・・。母の骨はどこへ行ったかわからないですし・・・。もういいです。あ、でも、その骨壷の方と母の骨と混ざってしまいますが、骨壷の持ち主の方はそれでいいのでしょうか」
「構いませんよ。この骨壷の中身は、共同埋葬地にばらまく予定だったのですから。骨に人の魂はありません。こんなものは、単なる物質です。必要のないものなのですよ。大事なのは、思いのほうです。骨なんかなくても、お母様はそばにいるのでしょう。皆さん同じです。骨なんかなくても、亡くなられた方は、そばにいるものです。それでいいのですよ。その亡くなられた人のことを大切に思うのでしたら、残された者自身が幸せになることです」
「はい、わかりました・・・。初めは途中で帰ろうかと思ったんですよ。でも、よかった、ここに来て・・・・」
「ありがとうございます。ところで、あなたのお顔、骨のカスだらけでひどいもんです。どうぞ、顔を洗っていって下さい」
「あぁ、そうだ。こんな顔じゃあ、外に出られないわ。これじゃあ、私、本当の狂骨だわ」
私は泣きながら笑っていた・・・・。

「あの・・・」
顔を洗い終えてから、私はマスターに言った。
「なんでしょうか」
「今日はありがとうございました。いろいろと失礼なこと言ったりしましたが・・・ごめんなさい」
「いえいえ、いいんです。私は何とも思ってませんから」
「ありがとうございます。あの、それと・・・・」
「はい?」
「カクテル、美味しかったです。ちょっと不思議な味がしたけど・・・」
「それはどうも・・・・、光栄です」
「それから・・・このお店のこと、友達とかに話してもいいですか」
「もちろんかまいません。ただし・・・・」
「木札のことはナイショ・・・ですね。それと教えるだけで案内はしない、ですよね」
「そうです。ここに来られる来られないは、縁の問題ですから」
「わかりました。もう一つだけ、いいですか」
「はい、なんでしょう」
「悩みがないと、来てはいけないですか」
「いえ、普通のお客様でお越しくださっても結構ですよ。この店に一度来られた方は、悩みがなくても通常のお客様で来店できます。ただし、その時は、通常のメニューからお飲み物を選んで頂きます。それと、もしこの店が見つけられない場合は・・・この店と縁がなくなっただけです」
「はい、わかりました。きっとまた来れます。縁があると思いますから・・・。本当にありがとうございました」
「幸せをつかんでくださいね。お母様の希望に沿うように・・・」
「はい、そうします」
そういって、私はその店を後にした。

それからしばらくして、母の一周忌をつつがなく終えた。母の骨はお墓に納めた。ちょっと寂しかったけど、これでいいのだと思えた。なんだか、すっきりした気分でもあった。
そうだ、恋をしよう。母の希望に沿えるような、そんな楽しい恋をしよう。
「お母さん、応援してね・・・・」
お墓の花がかすかに揺らいでいた・・・・。





MEID BAR 三途の川>

「ここだよ、ここ。ここにメイドバーがあるんだって」
「こんなところにホントにあるのかよ」
「最近できたって聞いたぜ〜」
「ほら、あった。ここだ。ドアにMEID BARってちゃんと書いてあるだろ」
「あぁ、ホントだ。よし入ろうぜ。いいんだよなぁ、あの『お帰りなさいませ、ご主人様〜』ってセリフが」
そう言いながら、3人の男たちはそのドアを開け中に入った。が、中から聞こえてきたのは・・・
「いらっしゃ〜い。ようこそMEID BARへ」
という間の抜けた声だった。
「な、ななな・・・、あの、ここってメイドバーじゃ・・・」
「そうやぁ、メイドバーやでぇ」
「メ、メイドさんは・・・・」
「お前ら・・・アホやろ。どこ見とんねん。ちゃんとドア見たんか」
「は、はい、ドアにはMEID BARって・・・」
「せやからドアホじゃ、ちゅーてんねん。メイドさんはな、M・A・I・Dって書くんや、ドアホ。ここはな、M・E・I・Dって書いてあるんや。よう見とけ!、このタコが!」
「な、なんだと〜、こんな紛らわしいもんつくるなバ〜カ!」
3人の男たちはそう言うと、乱暴にドアを開け、外へ出ていった。
「な、なんやと〜、お前ら自分の無知を棚に上げよってぇ〜」
と、その男は壺のようなものを抱えると、外へ出ていった男たちのあとを追った。
「お前らな、二度と来るな!、メイドも読まれへんようなやつにメイドさんはもったいないんじゃあ〜、このドアホ!」
男は壺の中に手を突っ込んだ。中身は塩だった。男は塩をまいたのだ。
「まったくゲンの悪いこっちゃ」
「あっ」
私が行きあったのは、ちょうどその時だった・・・・。

「あなたは・・・」
私の言葉に男は振り向いた。
「おんや〜、あぁ、お嬢さん、あんたあの時のどこかのBARで泣いてはった人・・・やないか」
「あ、あぁ〜、あの時はお世話になりました。おかげさまで元気になりました」
「行ったんやな、Bouz Barへ」
「えぇ、行きました。ありがとうございます。いいところを教えてもらって・・・」
「ええねん、そんなことは。元気になったら、それでええねん」
「ところで、こんなところで何をしているんですか。それ・・・塩ですよね」
「あぁ、塩まいてやったんや。縁起が悪いさかいにな・・・、あぁ、何ゆうてるんかわからへんな。ま、中に入り。これ、ワシの店やさかいに」
その男はそういうと、そのドアを開けてさっさと一人だけ中に入っていった。ドアには「MEID BAR」と書いてあった。
「なにしとんねん、はよぉ入っておいでな」
ドアが急に開き、男が顔を出した。
「あ、はい、入ります。あ、ちょっと、中に・・・・・」
その男に続いて中に入ろうとしたのに、その男はドアを閉めてしまった。仕方がなく私は閉まってしまったドアを開けた。
「いらっしゃ〜い、ようこそMEID BARへ」
男は前髪をかきあげて、そういった。
「うっ・・・・」
私は入口のところで固まってしまった。これがやりたかったから先に中に入ったのか・・・・、なんてヤツ・・・・。
「ささ、どうぞ好きなところへ座り。あぁ、ここがええでぇ。ここここ、ワシの前」
彼はにやにや笑って、カウンターの中から、彼の正面の席を指さしていた。
「ここは・・・・」
そう、そっくりだったのだ。あのBouz Barの造りに。

右手にL字型のカウンターがあるだけ。左手はやや広い通路。他にはなにもない。ただ違っていたのは、カウンターの中で立っているマスターが陰気くさい男ではなく、関西弁をしゃべる軽い男である、ということだけだった。どちらもどちらかもしれないが・・・・。
「あのBarにそっくりやろ。真似して造ってン。へへへ・・・・」
「じゃあ、あのひょっとして裏メニューとかも・・・・?」
「あははは。当たり前やがな〜・・・・といいたいところやけどな、あれはさすがにできへんやろ。その木札の仕組みかてわかれへんし、ホンマに呪いかも知れへん。あんな木札、よう扱わんわ」
「そりゃ、そうですよねぇ。そういうタイプじゃないですよね」
「お、心外やなぁ。あんな裏技は使われへんけど、ワシかてスペシャルな技があんねんでぇ〜」
男はそういうと、自慢そうに太ったお腹を突き出し、ニヤニヤ笑った。私はあのBarを紹介してもらった恩もあるから、少々付き合ってあげることにした。
「へぇ〜、スペシャルな技ですか。それってどんな技ですか?。つまらない技だったら怒りますよ」
「なにゆうてんねん。そらもう聞いてびっくり、見てびっくりや。でも、そう簡単には教えられへん。ま、とりあえずやな、なんか注文してや」
そうか、ここはBarだったのだ。
「いいですけど、ぼったぐらないですよね。見たところ流行ってなさそうだし・・・」
「なにゆうてんねん。流行ってるわ!。誰がぼったぐるかいな。はよ、注文してや」
「はいはい、じゃあメニュー見せてください」
私は男からメニューを受け取った。しかしそこには・・・。
「えっ、なにこれ?」
「はよ、注文して」
「注文って、メニューにはこれしかないじゃないの」
そう、そこに書かれていたのは
「メタボ・カクテル・スペシャル」
だけだったのだ。
「ええから、はよゆうてぇやぁ」
「あ〜、はいはい、じゃあ、メタボ・カクテル・スペシャル」
「オーダー、受け賜りました〜」
この店、腐ってる・・・・私はそう思った。

「注文したんだから、さっきのスペシャルな技、教えてよ」
私は気軽に聞いてみた。私に背を向け、カクテルを作っていたその男・・・しかたがないからマスターと呼んでやるか、いや、メタボマスターだな、これは・・・は、後ろを向いたままで
「あぁ、ええよ〜」
と答えた。私は、おいおい、いいのかそんなに簡単に答えて、スペシャルな技なんだろ、と突っ込みたいのを我慢して
「へぇ〜、どんな技なんですか」
とかわいく聞いてみた。メタボマスターは
「はい、おまちど〜。うまいでぇ〜」
と言いながら、カクテルをカウンターにおいた。
「まあ、一口飲んでや。で、感想を聞かせてや」
さっき、自分で「うまい」と言ったろう!という突っ込みを飲み込んで、私はカクテルを一口飲みこんだ。
「あ、おいしい・・・。甘いけど・・・・確かにメタボになりそうな甘さだけど、嫌な甘さじゃない。口にも残らないし。なんだか、不思議」
「そうやろ、うまいやろ。ね〜ちゃん、ええ舌してまんがな。そやろ、口に残らへん、さっぱりした深い甘みやろ。メタボになりそうな甘さやけど、さっぱりしているやろ」
メタボマスターは、満足そうににやにやと笑い、何度もうなずいていた。
「よっしゃ、ねーちゃん、ええ舌してるさかい、ワシのスペシャルな技、教えたろか〜。あんな、ワシはな、冥土の世界を見せてあげられるんや。う〜ん、ちょっと違うな・・・。リクエストに応じて、冥土の世界を案内できるんや。そやそや、これが正しいな・・・・、あ、いうとくけどメイドは、「冥の土」の冥土やでぇ〜、メイドはんとはちゃうでぇ」
私は驚きで声が出なかった・・・・。しばらくしてから笑って返した。
「そ、そんな〜、またまた、冗談でしょ。うまいんだから〜。さすが、メタボマスター。関西人ってホント面白いですよねぇ。冥土ってメイドのことでしょ。お帰りなさいませご主人様〜の・・・・」
「あのな、冗談でこんなことが言えるか?。いっとくけど、ワシは真剣やで。ホンマにあの世を見せてあげられるんや。これはな、ワシ、唯一自慢できる特殊能力なんや!。何がメイドさんや。そやったら、ドアに『MAID BAR』って書くがな。ドアには『MEID BAR』って書いてあったやろ。あれはな、冥土・・・黄泉の国、あの世のことの冥土やがな。よう覚えておき」
「う、うそでしょ・・・・担いでいるんでしょ?。まさかそんな、あの世に案内できるなんて・・・・。しかも、生きている人を・・・・」
「それができるんやから不思議やな。ワシ、自分でも驚くわ」
「ちょっと、それって本当なんですか」
「しつこいねーちゃんやな〜。ホンマや、ちゅーてんがな。信じられへんのやったら、もう帰りぃ〜。もういややわ〜」
私は考え込んだ。もし、本当にあの世を見ることができるのなら、あの世へ行けるのなら・・・・。でも、どうやって?
「で、でも、どうやっていくんですか。この身体ごとひょえ〜っとあの世へ飛んでいくんですか?。生きているのに?。・・・それに帰ってこられるんですか?そのまま死んじゃうってことは・・・・」
「あるわけないやろ。あのな、この肉体ごとあの世へ行くんちゃうねん。そやなぁ・・・魂だけがあの世へ行くねん」
「魂だけ?」
「そうやぁ、魂だけや・・・・幽体離脱って知ってはるか?」
「知ってます・・・けど」
「双子の漫才ちゃうでぇ〜、ホンマもんの幽体離脱や。それと同じや。魂だけあんたの身体から抜け出て、あの世へ行くんや。その案内ができるんや、ワシは」
「本当にできるんですね」
「あぁ、ホンマやでぇ。ウソは言わへん。なんや、どないしたん、真剣な顔しよって」
それが本当の話なら・・・・あの子に会えるかもしれない。あの流れってしまった私の子供に・・・・。
「じゃあ、私を連れて行って下さい」
「連れて行って・・・ってどこへ?」
「どこって・・・あの世でしょ。連れて行ってくれるんでしょ」
「あぁ、そうか・・・。あのなぁ、あの世ちゅーても広いねんでぇ。あの世のどこか、具体的に行ってもらわんと、そんなもん連れて行かれへんやないか。それとも何か、いきなり地獄へいきまっか〜?」
「あぁ、そうか・・・、じゃあ、やっぱり無理かなぁ・・・どこにいるかわからないからなぁ・・・・」
「なんや、なにをボソボソゆうてんのや。あのな、あの世のことやったら、ワシは何でも知ってるんやで。なんでも相談してみ。誰に会いたいねん」
「えっと〜・・・その・・・・、あの、もちろん、秘密は守ってくれますよね?」
「なんや、あの陰気くさいマスターみたいなこといわはるなぁ。どないしてん」
私は勇気を振り絞って聞いてみた。
「あの、生まれてこなかった子供って・・・あの世のどこにいるんですか」
「あぁ、流産したとか、堕胎したとかやな・・・いわゆる水子やな。簡単や、三途の川の賽の河原やがな」
「あの、そこへ行けるんですか」
「もちろんや・・・・まあええわ。深い事情は聞かへん。ほな、賽の河原へいこか。おっと、そうやここからは別料金やでぇ」
「はい、わかりました。ぼったぐりはないですよね」
「あ〜、ないない、信用してや。ほな、手を出してぇな。両手を広げて、手のひらを上に向けてカウンターの上に置いてや」
私はメタボマスターの言うとおりに、両手を広げ、手のひらを上に向けてカウンターの上に置いた。するとマスターがその手を握り締めた。その手は少し汗ばんでいた。
「ちょ、ちょっと・・・何を・・・」
「あのな、手を握りたいからしてるんやないでぇ。誤解せんとおいてや。こうして手を握ってないと、あの世へ一緒に行かれんのや。あんた一人で行くか?。帰ってこられへんで」
「本当は手を握りたい・・・とか」
「ちゃうって言うてるやろ。いやなねーちゃんやな。そんなやらしそうに見えるか?」
「だってぇ、そう見えるもん・・・。どうみてもモテなさそうだし」
「なにゆうてんねん。これでも、ようモテるんやでぇ。彼女かていてるわ。ドアホ」
その言葉に心底驚いたが、何も突っ込まなかった。マスターの眼が輝き始めたからだ。
「えぇか、ほないくでぇ〜」
マスターがそう言った瞬間だった。身体がふっと軽くなったような気がしたのだった・・・・。

そこは・・・河原だった。目の前に暗く沈んだ川がある。その川は川幅が広かった。ゆるやかな流れだ。
「そんなところにぼーっと突っ立ってらあかんがな」
横から声が聞こえた。そうだ、私はこのちょっと太り気味のマスターに、あの世に連れて来られたのだ。私がそう頼んだのだ。
「あぁ、はい・・・あのここが・・・」
「ここが賽の河原や。目の前に流れているのが、あの有名な三途の川や」
「三途の川・・・・死者が渡るという・・・・」
「せやがな。罪が多い奴は泳いで渡るし、罪の少ない奴は浅瀬を歩いて渡る。善人は橋を渡るし、船で行く者もいる。それもこれも生きている世界での行いによるんや。見てみぃ。あっちに橋がかかってるやろ」
マスターが指をさした方向には大きく、真っ直ぐな橋があった。
「でもなんだか全体的に霞がかっていますね」
「そりゃ、あの世やさかいにな。スカッと晴れるわけにはいかへん。霊気が漂ってるさかいに、霞んで見えるんやがな。さて、こっちの方へ来てもらおか。そんな賽の河原の真ん中に立っとたら、邪魔やさかいに」
マスターはそう言うと、私の手を引いて河原の端の方へ導いた。
「よう見てみ、この川。濁ってるやろ」
「そういえば・・・・。なんだか暗く沈んだ川だとは思ってましたが、こんなに濁ってるんだ」
「現実世界が汚れているから、この川も汚れるんやそうや。ワシにはその仕組みはようわからんけど、そう説明してくれよった人がおるんや」
「なんか流れてきましたよ」
「あぁ、塔婆やな。あれに戒名を書いて、お経をあげて供養するんや。あとは川へ流したり、焚きあげたりするんやけど、そのお経の功徳はこうやって三途の川を流れてやな、やがてその人がおる世界へ伝わるんや」
そういうものなのか、と私は思った。ただなんとなくそう思っただけであった。何も深くは考えられなかった。
「あ、またなんか流れてきました」
「よう見とき。あれは魂や・・・水子のな」
「水子の魂?」
「そや、それはな、この賽の河原へやってきよる・・・・」
マスターが言ったとおり、流れてきた丸いドロンとした玉のようなものは、河原に流れ着いたのだった。そしてそのドロンとしたものは見る見るうちに・・・・。
「あっ、いや〜」
私は叫んでいた。あまりに恐ろしくて、我慢できずに叫んでしまったのだ。
「驚くのも無理はないやろうな。あれが水子の成長や」
そうなのだ。流れ着いた魂は見る見るうちに大きくなり、やがて頭が出てきて、身体ができあがり、手足が生えてきたのだ。気味が悪かった。それは、まるでホラー映画に出てくるような・・・・見てはいけないものを見てしまったようだった。
頭や身体、手足ができたものは・・・・そう、子供のようになっていた。いや、2〜3歳くらいの子供になったのだ。その子は、河原をよちよち歩いていくと、しゃがみ込んで石を積み始めた。悲しそうな声を出しながら・・・・。
「ひとつ積んでは父のため〜、二つ積んでは母のため〜・・・・」
その声に誘われたのか、それともさっきから川を流れてきていたのか、賽の河原には次から次へとドロンとした玉が流れつき。次々と子供へと変貌していったのだった。あまりの恐怖に私は倒れそうになっていた。
「あんたのお子さんもいるかも知れへんでぇ。よう見とき・・・・」
そうなのだ、私の子供もいるかもしれないのだ。しかし、私の子供は、もう2か月ほど前に亡くなっている。果たしてそんなに時間をかけて流れてくるものなのだろうか。
「ここへ流れてくるんは、現実世界で堕胎したり流れたりして一週間以内や。それ以前やったら、たぶん・・・。そや、あんた水子供養はしたんかいな」
「いえ、それが・・・まだ・・・。どこでしてもらったらいいのか迷っているうちに・・・・」
「そうか、ほなら、もうすぐ出て来よるな」
マスターがそう言った時だ。川から成長して歩きだしていた子供だけでなく、河原の周りの森のようなところからも子供が集まってきていた。
「いったい、どれだけいるの・・・・」
それは、もの凄い人数の子供だった。何百人?、何千人かしら・・・・。その子供たちは、みな口々に
「一つ積んでは父のため〜、二つ積んでは母のため〜・・・・」
という歌を寂しそうに歌っていた。
薄暗かったあたりが、さらに薄暗くなったような気がした、その瞬間であった。嫌なにおいが漂ってきた。と同時に、
「うお〜、うお〜」
という腹に響く嫌な声が聞こえてきた。すると、いきなり河原の周りの森のようなところから、
「うお〜」
という声を挙げながら・・・・鬼だ、いや、悪魔か・・・・が飛び出してきたのだ。
その姿は鬼というか悪魔というか・・・。頭には角が生えており、口は耳まで裂け、目つきは鋭いが、目は濁っていた。皮膚の色はどす黒く濁り、髪はボサボサで、身体にはボロボロの布を巻きつけていた。腕や胸、腹は堅そうな筋肉で覆われていた。手には金属バットのような棒・・・きっと金棒なのだろう・・・を持っていた。それはまさしく、鬼であった。
「お前ら、またそんなことをしておるのか。くだらん、実にくだらん。いくら石を積んでも、お前らを殺した親は、お前らには何もしてくれん。だ〜はっはっは。怨むのなら親を恨むんだな!。ぐわ〜はっはっは〜」
そう耳障りな声で叫ぶと、鬼は手にした金棒で、子供たちが積んでいた石の塔を壊していったのだ。
「な、何をするの!」
私は思わず立ち上がって、鬼の前に出ていこうとした。マスターの手が私を引っ張らなければ、きっと鬼に向かっていったかも知れない。
「無茶しよるねーちゃんやな〜、普通、怖くて鬼に向かっていかへんでぇ〜。鬼よりもあんたの方が怖いわ〜」
「あ、すみません。ついついカッとなって・・・・」
「大人しく見とき。ええな、いうとくけど、ワシらは訪問者や。そやから、こっちの世界のことには手ぇ〜だしたらあかんのや。よう覚えておき」
そう言われ、私はおとなしく河原の端に座り込んで、その様子を眺めていた。

鬼は容赦なく子供たちを追いまわしていた。虐めて楽しんでいるのだ。
「顔をそむけたらあかん。これが水子の哀れさや。供養してもらわれへん水子は、こうしていつまでも鬼に虐められるんや。よう見なあかん」
私はそむけた顔を無理やり戻し、その悲惨な光景を見つめていた。
あたりに芳香が漂い始めた。いい香りである。心のささくれが癒されていく・・・そんな香だった。いつまでもその香りに包まれていたい、私はそう願った。
「お地蔵様や」
マスターがぼそりといった。そのとき、上空の闇の中から光が差してきたのだ。やわらかい、やさしい光だった。その光がさすと、鬼たちは動かなくなった。鬼たちは、河原の隅、三途の川の方で固まった。
「子供を預かりにきましたよ。よろしいですね、鬼のみなさん」
優しい光の中からお地蔵様が出てきた。お地蔵様はそういうと、河原に降り立った。先ほどまで鬼に追い回されて散り散りになっていた子供たちは、一斉にお地蔵様の足元に駆け寄ったのだった。誰もがお地蔵様の衣の裾をつかんでいた。お地蔵様は、そうした子供たちの中から何人かの子供たちだけ、抱きかかえ、懐に入れた。
「今回は、こんな程度ですか・・・。かわいそうに、君たちはなかなか供養してもらえないのだね。私が力を与えてあげるから、親元に行ってきなさい。そして供養してくれるように頼んでくるのだ」
そういうと、お地蔵様は掌を子供たちに向け、何か呪文のようなものを唱えた。その手からはキラキラとした光が放たれ、子供たちに振りかけられた。すると、子供たちは、す〜っと消えたのだった・・・。
「現実世界へ戻ったんや」
「生まれ変わったの?」
「ちゃうがな、自分の親元へ戻ったんや、魂のままな。で、親や兄弟に供養してもらえるよう訴えるんや」
「どうやって?」
「そやなぁ・・・人それぞれ違うけど、兄弟に何か病気や怪我があったり、親に病気があったりするんやな。まあ、あまり大きな病気やないけどな。そうやって訴えかけるんや」
「それしか方法はないの?。気がつかない場合だってあるじゃない。っていうか、むしろ、それじゃあ気がつかないでしょ」
「そやなぁ、気がつかへんなぁ・・・。でも、しゃーないねん。他に方法はあらへんし。ま、運が良ければ、Bouz Barのマスターのような人に会えるし、そうなったら供養もしてもらえるようになるやろ。あんたもいわれたんちゃうん?」
「はい、確かに言われましたけど・・・・でも、まだ・・・・」
「それがいかんのやなぁ。言われたらさっさとやった方がええでぇ。きっと、あんたの子ぉも、あの中におったんちゃうん?」
そうかもしれない。となると、さっきから私の腰元に纏わりついている子供が・・・・きっと・・・・。
「ま、そういうこっちゃ。その子も連れて帰ることになるな」
この子が私の子・・・。あの夜、流れてしまった子・・・。マスターによれば、自らの意志で生まれることを拒否した、類稀なる強い子・・・・。この子が、この優しそうな顔をした子が・・・・。
「私の子なのね。ごめんね、生んであげられなくて。こんなところに放っておいてごめんね。ごめんね、お母さんを許して・・・・・」
声にならなかった・・・・。

ふっと気が付くと、そこはBarのカウンター席だった。
「帰ってきたでぇ。どうやった、冥土の旅は」
「ありがとうございます。私・・・・」
「なんも言わんでええよ。わかってるさかいに。ま、はよう、供養してあげるんやな」
「あの、今もここに?」
「もちろんやがな。供養してあげな、お地蔵さんの懐へは入られへんでぇ」
「そうですね。私って罪なことばかりしてますね・・・・」
「後ろ向きはあきまへんでぇ。いくら考えたって、行動せな何も解決せいへんがな。あんたは、あんたのやるべきことをやったらええねん」
「そうですね、行動しなきゃ・・・。でもどこへ行ったらいいんでしょうか?。ちょっと調べてみたんですけど、水子供養してくれる所って、なんだか怪しいところばかりのような・・・」
「そんなことはないんやろうけど。まあ、ちゃんとしたお寺がええんちゃうん。新興宗教はあかんでぇ。あんなんは、だめや。あの世のこと知らへんさかいにな。お寺がええよ・・・・あぁ、そうや、Bouz Barのマスターに頼んだらええんちゃうん」
「マスターに?。なんでマスターに・・・あの人、お坊さんじゃないでしょ。坊主頭だけど・・・・」
「なんや、あんた知らんのかいな・・・・言ってえんかな・・・でも止められてへんしな・・・」
「どういうことなんですか」
「あ、あのマスターな、坊さんやねん」
「お坊さん?」
私はびっくりした。あのマスターが・・・・道理で・・・・いやまさか、あの悪魔のような陰気くさい人が坊さん・・・。
「坊さんや。でな、お祓いもしよんねん。坊さんで拝み屋でBarのマスターや」
「神主で拝み屋で古本屋ではないんですね・・・」
「なんやそれ。古本屋ちゃうわい。どっからでたん、それ」
「いや、いいんです、聞き流してください」
「あのな、ワシのこの特殊能力もあのマスターが開眼してくれたんや。ちゃんとお寺があるさかい、そこで供養してもろうたらええんちゃうん」
「そうだったんですか・・・、あのマスターが・・・。でもなんであのとき教えてくれなかったんでしょうか」
「さぁ、それはわからんなぁ・・・。先の方まで見通しているようなお人やさかい、わざと教えへんかったんかもな」
「どういうことですか?」
「今日のことを予見していた・・・・のかもしれん、ちゅーこっちゃ」
「あ、・・・・・じゃあ・・・・」
「そうや、あんたがここへきて、冥土の世界へ連れて行ってもろうて、水子の哀れさを目の当たりにして・・・・」
「そういうことだったんですか。確かに、私ってまだ水子供養にそんなに真剣になっていなかったですから。あまり重く考えてもいなかったし。ただ、供養しなきゃいけないな・・・程度にしか考えていなかったから・・・」
「たぶん、何もかも承知の上だったんやろうな。あんたに水子の哀れさをよう知って欲しかったんやろうな」
「きっとそうだと思います。あのマスター、なんだか何もかも見通しているような気がしますから」
「あぁ、ほんまやね。ちょっと怖いけどな」
「わかりました。私、Bouz Barへ行ってみます。で、マスターのお寺を聞いて、水子の供養をしてもらいます」
「あぁ、それがえぇでぇ〜、はよう、そうしいや」
「はい、そうします。今日はありがとうございました。不思議な体験ができてよかったです。まさか、あの世に行けるなんて・・・・。でもすごい能力ですよね」
「そやろ、すごいやろ。見直したか、あははは。こんなことできるの、ワシしかおれへんでぇ〜」
メタボマスターは、腹を突き出して大笑いしていた。

MEID BAR・・・・。
また一つ不思議なBARを見つけてしまった。きっと、このBARも縁がないと行くことはできないのだろう。本当に不思議なBARだ。こういうBARに縁がある私って、いったい・・・・。




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表 紙   和尚の怪しい部屋